資料・周匝青木家古文書

 

最後の周匝藩士
青木武兵太が残した記録

(令和2年12月8日 更新)

 この資料は、備前岡山藩の家老であった片桐家 (片桐池田家) に仕え、現在の岡山県赤磐市周匝 (あかいわし・すさい) に置かれていた陣屋で明治維新を迎えた周匝藩士 青木武兵太が残した記録です。
 備前国の北端である周匝(すさい)の地で武家社会の終焉を見届けることになった家老家の一家臣が残した取留めもない記録ですが、明治維新、戦災、そして敗戦後、米国の指導で日本古来の武家社会が封建社会という悪の象徴として排斥されてきた時代を耐えて残ったこれら資料を、筆者の代で散逸させてしまっては先祖に対して申し訳ないとの思いから、ここに全てを公開することにしました。
 これら古文書などの記録が江戸時代の末まで陣屋町として栄えた備前周匝(すさい)の郷土史の掘り起こしに少しでも役立てば、周匝に意を残した武兵太の遺志に多少なりとも報いることが出来るのではないかと思っております。

 青木武兵太の先祖については、甲賀から出て近江、美濃と移動したのち、秀吉の時代1585年頃に青木源右衛門という者が美濃国、今の岐阜県で岐阜城主池田輝政の家老 片桐半右衛門に出仕したとの記録から始まっています。
 その後、池田輝政が美濃から三河吉田に移ると、青木源右衛門も片桐半右衛門に随いて三河国新城(しんしろ)の地に入り約十年をこの地で過ごしました。
 そして、関が原の戦いの三年前、1597年に新城で片桐半右衛門が亡くなってからは片桐家養子となった池田長政(河内守)公を奉じて関が原に出陣し、そのあと新城から播州赤穂、下津井へと領地を替え、さらに1607年に長政公が亡くなってからは嫡子である池田長明(伊賀守)の家臣として播州佐用(平福)、竜野、伯耆八橋を経て最終の地である備前国赤坂郡周匝に入りました。江戸時代のはじめ1632年のことです。
 以来、明治四年(1871)の廃藩置県まで二百四十年もの間、青木武兵太の先祖は代々周匝の地で片桐池田家に仕えてきました。

 なお、最後に周匝藩に仕えることになった青木武兵太は、備前和気郡佐伯の岡山藩家老土倉家に仕える大河原源左衛門の次男 大河原又治郎が青木家の養子となって家督を継いだものであり、最初は青木又治郎と名乗っていましたが、先代武兵衛が隠居した後に武兵衛の名を踏襲し、その後さらに名を武兵太と改めたものです。
 歳とってからは号を「叔達」と名乗り、新しい明治の時代に順応することもできないまま、明治二十年に引篭った岡山縣久米南條郡の地で武家社会の崩壊という荒波に翻弄された一生を終えたと伝えられています。

周匝藩関係古文書等目次

これらの古文書等は令和2年(2020年)12月、資料番号40の厨子を除き、岡山県立記録資料館に寄贈しました

掲載頁 資料番号 年代 表 題 内 容
1頁 01 1870  不明 (覚書)  周匝藩士青木武兵太の雑記録
02 1849  御取次役仕事留  周匝藩内の仕事記録
03 1833  知行書(周匝)  池田長貞公花押の知行書 
04 1747  周匝藩旗指物衣装図  片桐池田家旗指物の絵図
05 1827  御分家老中旗指物図  岡山藩各老中の旗指物絵図
2頁 06 1827  御渡申御道具之覚  鉄砲道具20丁分の受渡し書
07 1748  覚  鉄砲道具20丁分の受渡し書
08 1676  奉公書  第三代 青木源右衛門の奉公
09 1826  借用書  金銭の借用書
10 不詳  覚書  大苅田村庄屋からの覚書
3頁 11    歴代藩主御花押  知行書に残された歴代の花押
12 1849  宗門御改書上  宗門御改めの為の書上
13 1852  記録  出張記録?
14 不詳  周匝お茶屋?の図面  周匝陣屋の建物の図面
15 1676  奉公書  第四代 青木喜内の奉公書
4頁 16 1848  武兵太の花押  花押の鑑定書?
17 1827  御百姓割名  知行地の詳細か?
18 1604  知行書(下津井)  池田長政公花押の知行書
19 1619  知行書(八橋)  池田長明公花押の知行書
20 1644  知行書(周匝)  池田長明公花押の知行書
21 1827  知行書(周匝)  池田長貞公花押の知行書
22 1853  知行書(周匝  池田長常公花押の知行書
5頁 23 1676  奉公書  小林○六の奉公書
24 1711  先祖覚書  青木喜内の先祖覚書
25 1870  米穀通帳  明治三年の官禄通帳
26 不詳  道中行程覚  岡山から江戸までの行程表
27 1863    
28 1709  伝授書  武芸の伝授書
29 1870  武兵太隠居届  藩に宛てた隠居届と県の許可書
30 1887  武兵太死亡届  
6頁 31 1701  御手筒目録  のろし用手筒の受渡し目録
32 不詳  臼田家家系図  寛政以降1800年頃のもの
33 不詳  書状断片  報告書?
34 17--?  松平相模守様の書状  池田継政公宛の礼状、1714から39年
35  -  のぼり旗  背中に差すのぼり旗など
7頁 36 1677  矢の図面  小笠原流弓術の矢の図面
37 18??  覚書  第七代青木龍左衛門の覚書
38 -  錦の袋 -
39 1869  武兵太の奉公書  明治になって書かれた武家社会最後の奉公書 
40 不詳  古い時代の厨子と仏像   三尊像を納めた厨子
41 不詳  揚羽蝶紋の袱紗  何故か揚羽蝶紋の布
古文書等の順序は見付かって整理できた順になっており、年代順にはなってはおりません。引き続き整理できたものから順次追加いたします。
また、古文書以外に武兵太の時代から伝えられたと思われる道具の一部なども含めています。
主な更新履歴
2019.2.3 YahooGeocitiesの閉鎖に伴い Sakura サーバーに引越しました
2018.7.19 周匝青木家の系図を追加しました
2012.3.1 ホームページを楽天インフォシークからYahooジオシティに引っ越しました
2011.11.22 揚羽蝶紋の付いた織物を41項に追加しました
2011.1.4 周匝陣屋の御茶屋と思われる図面の考察を「周匝陣屋の痕跡」に別ページとして設けました
2010.8.4 第40項に古い時代の厨子と仏像を追加しました
2010.7.31 第39項に青木武兵太の奉公書を追加しました
2010.3.28 知行書の説明を変更しました
2010.2.9 武兵太の先祖が近江から入った美濃来振の地が岐阜県揖斐郡大野町に見つかりました
2009.10.20 陣屋の図面に、新たに存在が判明した第二の図面を追加しました 
2009.5.8 資料34「松平相模守様の書状」の説明を修文しました
2008.12.20 資料08奉公書の読み下しに、甲賀の青木について註書きを追加しました
2008.11.18  2ページ9項「借用書」読み下し追加、解説を訂正しました
2006.10.14 用語を口語体に変更しました
2006.6.28  新しいページ 「片桐半右衛門と新城」 を追加しました 
2006.5.1  資料14に陣屋の建物(お茶屋)と思われることを追記しました
(このホームページは武兵太の玄孫=孫の孫が平成十五年(2003)五月に開設しました)
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